女の認識はあくまで「良いタネづけ手」と「悪いタネづけ手」がいるという話で、前者は運命の王子様となり、後者は襲いかかって異生命を腹に宿そうとしてくるエイリアン、となる。
“ 綺麗なセクハラと汚いセクハラがある ”(=善のエロ男と悪のエロ男がいる)というオンナの認識は、現代社会の道徳観に照らせばまったく不合理で滅茶苦茶なものだが、進化上培ったものとしては全く筋が通った合理的な思考フォーマットだ。この歪み(モラルバイアス)が裁き(ジャスティス)を難しくする。
『セクハラマンは男女共通の敵』というのはヒトの男が社会淘汰に晒されながら進化上培ったモラルで、社会を上手くやりながら(繁殖の)競争相手を間接的に駆逐しようとする男の本能に沿った道徳だ。─ところが女は(進化的必然として)違う。そもそもセクハラ行為の存在の有無は女の感性で決まるのだ。
『セクハラかどうかはオンナの感性が決める』というのに首をかしげるのは現代人としては当然だ。しかしこれがセクハラの(生物学的な)本質になる。「誰がやったか」によらない万人に共通した基準を定めることは理性的で正しいが、セクハラの本質からは乖離している。実態はけっしてそうならない。
女は「セクハラするような奴はどんな男でも無理!」と口では言う。しかしヒトの(彼女達の)脳内認識システムは進化の産物であり、フラットではなく、そのヒト個体の生存/生殖戦略にとって都合がいいように現実を解釈するよう出来ている。“綺麗なセクハラ”の方はセクハラじゃない何か別のものになる。
ここまでの論からゲスい口説きハックが導出できる:「女の子を口説く時は“綺麗なセクハラ”を演出しよう」 ロマンティックはエロの免罪符だ。これはただのレトリックではなく、きっと進化上そういうふうにヒトの恋愛ゲームのルールは構築されている。口説き男はみんな綺麗にエロい。変態紳士だ。
(犯罪教唆臭wがするのは社会選択に培われたヒト=モラルにおいて「女に手を出す」のは問答無用で"罪"な行為に当たるからだ。オンナを口説く男はみんな罪人。そこから目を逸らして「できるだけ安全なやり方で女の子と距離を詰めよう」とする姑息な非モテ男が女の子には一番警戒されてしまう。)