女性はどのようなロジックから、世の男性をじぶんの配偶パートナー(=セックスや結婚の相手)として選ぶのか?:我々サピエンスという種の霊長類をふくめ、生物の心理プログラムは自然淘汰によってデザインされているので、進化論的な観点から遺伝子生存戦略のロジックを考えてみることが役に立つ。
進化生物学者のR.ドーキンスは、生物のメスが採りうる配偶戦略を2タイプに分類する。
- 一途な育児投資が期待できる誠実な男を結婚相手に選ぶ「家庭内至福戦略/Domestic-bliss strategy」
- とにかくモテる性的強者タイプの男をセックス相手に選ぶという「セクシーな男戦略/He-man strategy」
家庭内至福戦略
“「家庭内至福戦略/the domestic-bliss strategy」のなかで、最も単純な例を考えてみよう。メスはオスをよく調べて、あらかじめ誠実さや家庭的性格をよく見定めるようにする。誠実な夫になるという性格に関して、オス集団のなかには変異が見られるだろう。”
“ そんな性質を事前に識別する能力がメスにあれば、しかるべき性質を持つオスを選ぶことでメスは有利になれるはずだ。これを達成する一つの手は、気難しく、はにかみがちなメスを装うことである。メスが最終的に同意するまで交尾をがまんできないようなオスは、誠実な夫になる見込みがない。”
“ 長い婚約期間を強要することによって、メスはきまぐれな求婚者を除外し、誠実さと忍耐という性格を事前に示すことのできたオスとだけ、最終的に交尾すればよいのだ。”
“ 事実、メスのはにかみがちな性質は、長い求愛行動あるいは婚約期間とともに、動物たちのあいだではきわめて一般的に見られる。先にも述べたように、オスが騙されて他のオスの子を養育させられてしまう危険のある場合には、長い婚約期間はオスにとっても有利である。”
“ 求愛の儀式に際して、オスはしばしばかなりの量の婚前投資をすることがある。オスが巣を完成するまでメスは交尾を拒むこともあるだろうし、あるいは、オスがメスにたっぷり食物を与えなければならないこともある
“ メスの立場から見て、これが大いに利益になることはもちろんだが、さらにこれは家庭第一のオスを選ぶ戦略の一形態とも考えられる。”
“ メスは、交尾に応じる前にオスが子どもに対して多量の投資をするように仕向けることによって、交尾後のオスを、もはや妻子を棄てても何の利益も得られない状態にできるかもしれない。”
“ この着想は面白い。恥じらい屋のメスが交尾に応じるのを待っているオスは、代価を支払っていることになる。彼は他のメスとの交尾のチャンスを放棄しているわけだし、求愛のために多大な時間とエネルギーを費やしているからだ。”
“ 特定のメスが最終的に交尾に応じるころまでには、彼は必然的に彼女に深く「かかわってしまう」ことになる。───別のメスも、交尾に応じるに先だってこのメスと同様の引き延ばし策を弄することがわかっていれば、オスは当のメスを棄てようなどという浮気心を起こさないのではないか。”
ドーキンスは、1976年時点では、このトリヴァースの議論はサンクコストの問題から誤りなのではないかと疑問を呈していたが、R.H.フランクが『Passions Within Reason/邦題: オデッセウスの鎖』で示したコミットメント問題と愛情の適応的機能の議論(R.Frank 1988)から、この疑問は解消されるだろう。
“ 家庭第一のオスを選ぶ戦略を、メスが実際に行使する方法はいろいろある。先に指摘したように、彼女のための巣をオスが完成しないうち、あるいは少なくともオスが巣作りを手伝わないうちは、そのオスとの交尾を拒否するというのも一つの方法である。”
“ 実際に、多くの単婚型の鳥では、巣が完成するまで交尾はなされない。その結果、オスは受精の時点においてすでに、安価な精子の分をはるかに上まわる投資を〔メスへの投資を経由して〕子どもに与えたことになる。… ”
“ メスの取ることのできる手段として先に指摘したもう一つの例は、オスに求愛の給餌を要求することだ。鳥類の場合、この行動は通常、メスがある種の〔幼児〕退行を起こして雛の時期の行動を示しているものと見なされる。メスは、雛が示すのと同様なしぐさをして、オスに餌をねだる。”
“ この種のしぐさは、女性のたどたどしい幼児的なしゃべりかたやロをとがらせるしぐさを男性が愛らしく感ずるのと同様、オス鳥には抗し難い魅力があるのだと考えられてきた。この時期のメスは大きな卵を造り出す仕事に必要な栄養をため込んでいる最中で、手に入る食物ならいくらでもほしいのだ。”
“ オスの求愛給餌は、おそらく、オスの卵自体に対する直接投資を意味するのだろう。つまり求愛給餌は、メスとオスとが最初に子どもに対して施す投資量の格差を縮める効果を持つのである。”
セクシーな男戦略
さてドーキンスが紹介するもう一つのメスの配偶戦略は、生殖競争や異性獲得競争で優位に立つ性的強者タイプのオスの精子を獲得しようとする「セクシーな男戦略/He-man strategy」だ。結果、一握りのオスに性的需要が集中する構造が生じる。このタイプのメスの配偶戦略はホ乳類において多く見られる。
“メスの採用しうるもう一つの主要な戦略「セクシーな男戦略/the he-man strategy」を取り上げることにしよう。この方針を採用している種では、メスは彼女の子どもたちの父親から援助〔=育児投資〕を受けることを結果的には諦めてしまっており、その代わり、良い遺伝子を得ることに全力を傾けている。”
“ ここでもまたメスの武器は、交尾を許さないことである。彼女たちは相手かまわず交尾を許したりはしない。オスに交尾を許す前にあらゆる注意を集中して相手を選別しようとするのだ。”
“ オスのなかには、他のオスより明らかに多くの優れた遺伝子を持った個体がいる。彼らの優れた遺伝子は、息子と娘の双方の生存に利益をもたらすに違いない。”
“ 外観上の手がかりを頼りにして、メスが何らかの方法でオスの持つ優れた遺伝子を検出できるとするなら、彼女は自分の遺伝子に父親の良質な遺伝子を合体させることによって、自らの遺伝子を有利にすることが可能なはずだ。”
“〔生物個体の体は、無数の遺伝子たちの共同の乗り物であるという〕ボートチームの比喩を使って説明するなら、ヘたな選手たちといっしょにして自分の遺伝子の足が引っぱられるような羽目に陥る可能性をメスは最小にすることができる。彼女は自分の遺伝子にとって有利なクルーメイトを精選できるのだ。”
“ 選択基準となる情報をすべてのメスが共有する結果、どのオスが最高かという点でほとんどのメスが同じ結論に達してしまう可能性もある。おかげで、ごく少数の幸運なオスがほとんどの交尾に関与することになるかもしれない。”
“ 個々のメスに対してオスが提供しなければならないのは、いくばくかの安価な精子にすぎないので、オスは楽にその仕事をこなすことができる。ゾウアザラシやゴクラクチョウではこのような事態が生じているものと考えられる。”
“ メスは、ごく少数のオスにだけ、あらゆるオスの羨望の的である理想的な利己的搾取戦略の行使を許しているわけだが、同時にメスは、その贅沢が最良のオスにだけ許されるよう、常に注意している。”
“ 自分の遺伝子の合体相手にするべき優良遺伝子を見つけ出そうと努力している、メスの立場を考えてみよう。彼女はいったい何を目印にそれを探すのか。彼女の探し求める目印の一つは、生存(survival)能力の証である。”
“ もちろん彼女に求愛するオスは、いずれも少なくとも成体に達するまでの生存能力は明らかに証明しているわけだが、だからといってこの先さらに長生きできることは証明できていない。そこでメスとすれば、年を取った相手に選ぶのが大いに有利な策となるかもしれない。”
“ 他にどんな欠点があろうと、とにかく彼らは長生きできることを証明しているのだから、もしかすると、彼女は自分の遺伝子を長寿の遺伝子と組み合わせようとするかもしれない。”
“ しかし、たとえ子どもたちが長生きしたとしても、孫をたくさん産んでくれないことには、彼女の努力は水の泡だ。寿命そのものは、なんら旺盛な生殖力の証にはならない。それどころか、長寿のオスは逆に繁殖のための危険を冒さないからこそ、長生きしてきたのかもしれないではないか。”
“ 年を取ったオスを配偶者にするメスと、優れた遺伝子を持っていることをうかがわせる他の証拠のある若オスを配偶者にするメスとを比べた場合、必ずしも前者が多くの子孫を残すとは限らない。”
“ では、他の証拠とはいったいどのようなものか。いろいろな可能性がある。たとえば強い筋肉は食物を捕える能力の証となるだろうし、長い脚は捕食者から逃げ切る能力の証かもしれない。”
“ これらの特性は息子、娘いずれにとっても有用な性質のはずだ。したがってメスは自分の遺伝子にそのような特性を組み合わせることで、自分の遺伝子を有利にするかもしれない。”
“ さて、この種の議論を進めるにあたっては、そもそもメスが、中味に完全に忠実なラベルあるいは標識に従って、オスを選択しているものと想像する必要がある。すなわちそのラベルは、オスの体内にある優良な遺伝子の証だと考えているわけだ。”
“ しかしここできわめて面白い問題が生じる。この問題にはダーウィンも気づいており、フィッシャーが明瞭な形で紹介している。”
“ メスからの指名を受けようと、オスがたくましさを競い合う社会においては、母親が自分の遺伝子に対して講じられる最善策の一つは、魅力的なたくましいオスに成長するような息子を作ることだ。”
“ 成体に達した際に、集団中の交尾のほとんどを独占する少数の幸運なオスの一員に加われるような息子を確実に作り出すことができれば、母親が獲得を見込める孫の数はとてつもないものとなるだろう。”
“ この結果、次のような事態が生ずる。すなわち、メスの目から見た場合にオスの備えるべき最も望ましい性質の一つは、端的に、性的魅力そのものということになる。”
“ 抜群に魅力的なたくましいオスと交尾したメスが産む息子は、次代のメスたちに対しても魅力的なオスとなる可能性が高く、したがってこの息子たちは母親にたくさんの孫をもたらすこととなるだろう。”
“ もちろん、はじめはメスも、大きな筋肉のような明らかに有益な性質を基準にしてオスを選別していたものと考えられる。”
“ しかし、いったんその種の基準が同種のメスのあいだで “魅力的なもの” として広く受け入れられるようになると、それらの性質は、単に魅力的というだけの理由で、自然淘汰において有利さを保持し続けるだろう。”
“ …本章のこれまでの部分を要約しておこう。動物界に見られる各種の多様な繁殖システム、たとえば一夫一妻制、乱婚、ハーレム制などは、いずれも雌雄間の利害対立の産物として理解できる。雌雄のいずれの個体も、その生涯における繁殖上の総合成績を最大化することを「望んでいる」。”
もちろん、ドーキンスが何度も指摘している通り、この「望んでいる」というのはサピエンスの脳───脳それ自体も進化的に設計された適応物であり、サピエンスは “インテンショナルスタンス” によって物事を把握する───にとってわかりやすいように工夫された、説明上の比喩だ。
「子供を産もう」と思って生殖行為を実行する種は自然界には存在しない。(この異性と)「セックスしたい」と思うだけだ。われわれサピエンスも同様で、セックスがしたいと思うように進化的に動機づけられている。そして、進化はいまだにコンドームの登場を見込んでいない。
つまり、“雌雄のいずれの個体も、その生涯における繁殖上の総合成績を最大化することを「望んでいる」” というのはあくまで、われわれは、そういうふうに子供を増やしてきた(というか、先史時代にはコンドームがないのでセックスすれば勝手に「できた」)祖先の子孫であるということを意味する。
2つの戦略はどちらも必要なもの
ドーキンスは続ける。
“ 精子と卵子の大きさおよび数に見られる根本的な相違が原因で、オスには一般に、乱婚と子の保護の欠如の傾向が見られる。────これに対抗する対策として、メスには二つの代表的な戦略が見られる。一つは「He-man strategy」、もう一つは「Domestic-bliss strategy」といずれも私が呼ぶものだ。”
“ メスがこれら二つの対抗策のどちらを採用する傾向を示すか、またオスがそれにどのような形で対応するかは、いずれも種をめぐる生態学的な状況が決定するだろう。”
われわれサピエンスにとっての生息環境や「生態学的な状況」とは文化的・社会的環境だ。これは進化的な意味ではわれわれの心が進化してきた部族社会=EEAであるし、後天的なチューニングを考慮に入れるなら、文化的に多様な環境への生物としての適応ということになる。
“ もちろん実際には、今挙げた二つの戦略のあらゆる中間形が見られるし、さらにすでに述べたように父親のほうが母親より熱心に子の保護にあたる例も知られている。”
“ しかし、本書では特定の動物種の細部にはかかわり合わないことにしているので、ある種がどうしてある繁殖システムを示し、別のシステムを示さないのかといった要因論は扱わないことにする。”
“ その代わり、以下では一般にオスとメスのあいだで広く観察される相違点を取り上げてそれらがどう解釈できるかを考えることにしよう。… ”
“ メスの作る卵子一個に対応する分としてオスが作る精子は膨大な数にのぼるので、個体群中の精子の数は卵子をはるかに上まわっている。したがって、任意の一個の卵子が性的な合体を遂げられる可能性は、任意の一個の精子のそれに比べてはるかに高い。”
“ つまり、卵子は相対的に貴重な資源なのだ。それゆえメスは、オスの場合ほど性的魅力が強くなくても、自分の卵子の受精を保証できる。一頭のオスが、きわめて多数のメスに子を産ませることは十分可能である。”
“ 両性間に広く見られる…差異は、誰を配偶者に選ぶかに関して、メスのほうがオスより慎重だという点である。…一般に、オスはメスに比べて相手かまわず交尾する傾向が強い。メスは限られた卵子を比較的ゆっくりした速度で作り出すので、異なるオスとやたらに多くの交尾を重ねても利益は何もない。”
“ 一方オスのほうは、毎日膨大な数の精子を作れるので、相手かまわずできるだけ多く交尾をすれば、大いに利益を上げることができる。過剰な交尾は…メスにとってはなんら積極的な利益につながらない。”
“ 一方、オスには、もうこれ以上多くのメスと交尾を重ねなくてもよいなどという限界はない。オスにとって過剰という言葉は意味を持たないのだ。” (R.Dawkins 1976 『Selfish Gene/邦題: 利己的な遺伝子』)
では、われわれホモ=サピエンスという種の女性は、
- 一途な育児投資が期待できる誠実な男を結婚相手に選ぶ「家庭内至福戦略/Domestic-bliss strategy」
- とにかくモテる性的強者タイプの男をセックス相手に選ぶという「セクシーな男戦略/He-man strategy
のどちらを進化的に採用してきたのか? 「どちらか」ではなく「どちらも」であるというのが、現在の進化心理学の一般的な回答にあたる。 ざっくり言うと、セクシーな男と浮気をして精子をもらいつつその子供を誠実な旦那に育てさせるというものである。詳しく知りたければ↓を読んでほしい。
